身体活動とスポーツ
多くの(おそらく大半の)ハッカーは、スポーツを観ることもやることもまったくなく、断固として反・身体的である。やる者の間でも、スポーツ観戦への関心は低いか皆無だ。スポーツはするものであって、テレビで観るものではない。
さらに、ハッカーはチームスポーツの大半を蛇蝎のごとく避ける。バレーボールは長らく特筆すべき例外だった。おそらく非接触で比較的和やかだからだ。アルティメット・フリスビーも同様の理由でかなりの人気を得た。ハッカーのスポーツはほとんど例外なく、集中力、持久力、細かい運動技能を要する、主として自分自身と競うタイプのものだ。武術、自転車、自動車レース、凧揚げ、ハイキング、ロッククライミング、航空、射撃、セーリング、洞窟探検、ジャグリング、スキー、スケート、スカイダイビング、スキューバダイビングなど。また、ハッカーはテクノおもちゃに目がないため、いじり回せるしゃれた複雑な装備を伴う趣味にも引き寄せられがちだ。
ハッカー文化における武術の人気は特筆に値する。多くの観察者がそれに気づいており、その結びつきは時とともに目に見えて強まってきた。1970年代には、多くのハッカーが武術の流派を遠くから称賛し、厳格な自己鍛錬と集中を通じた技の錬磨を尊ぶ姿勢に、相通じる理想を感じ取っていた。武術がアメリカや他の西洋諸国でますます主流化するにつれ、ハッカーは大挙して、称賛する側から実践する側へと移っていった。たとえば1997年、非才な筆者が第1回Perlカンファレンスで見知らぬ5人と同席したところ、私たち6人のうち4人が何らかの武術を現に稽古中だと分かった——そして、さらに興味深いことに、その場の誰一人として、この高い割合を少しも奇妙だとは思わなかったのである。
今日(2000年)、武術はハッカーの好む運動形態として確固たる地位を得たように見える。そして、技能中心のエリート主義と誰でも受け入れる懐の深さを併せ持つ武術文化は、かつてないほどハッカーの行動様式と強く響き合っているように見える。ハッカースラングの一般的な用法は、皮肉抜きにプログラミングをカンフーになぞらえる(こうして「code-fu」や、「HTML-fu」のような特定の技能を指す言葉を耳にする)。いくぶん皮肉を込めつつも、今日のハッカーはハッカー文化への同化をJet Liの映画の筋書きにたやすくなぞらえる。志を抱いた新参者が伝統の達人のもとで学び、深い瞑想を通じて技を磨き、世に出てハッキングの英雄的偉業を成し遂げ、やがては自ら達人となって次の世代の新参者にハッカーの道を教える、というように。